6月20日〜6月25日


7日目:6月20日(土) 晴時々雨 走行距離/累計82km/350km
シムリスハムヌ ⇒ キヴィック ⇒ オーフース
宿泊:オーフースYH・B&B
シムリスハムヌYH
昨晩、部屋の洗面所で衣類を手洗いし部屋と洗面所に干しておいた。
Tシャツ2枚がまだ濡れていた。少しでも乾かしたいので庭に面した窓の上のカーテンレールに洗濯ロープを取り付けた。ハンガーにかけた2枚をロープに吊るしたらカーテンレールが外れた。カーテンレールのネジを締めたが元に戻らず諦めた。
庭で出発の準備をするが意外に時間がかかりやっと終えたらオーナーの女性がやってきた。部屋のカーテンレールの修理代を払うと話すと、彼女「大丈夫。夫が修理するから費用はかからない」。

海岸沿いの道から離れた田園の国道を走る。長い坂道を強い向かい風のなか熊本の草千里のような広いところを進む。
何度もアップダウンがある。
草千里を抜け先へ走ると大きな道路があり車が猛スピードで走っている。やはり海岸沿いの道を走りたいので何人かに聞き今来た道を戻る。なんと苦労して走ってきた草千里に出た?? 海岸への道を若者に聞きついに海岸へ出た!! 

白砂の海岸は素晴らしく散策している人もいる。しかし、現実は厳しかった。道路はなく砂と草ばかりで仕方なく自転車を押して歩く。自転車12kg + 荷物13kgの計25kgを押して進むのは大変なことだった。
前から来た年配の女性にこの先の状態を聞く。彼女「ここは国立自然公園なので行きたいところ何処へでも行けるのよ〜。動物だって自由に往来出来るところなのよ〜」 彼女の流れる様な優雅な英語の説明をただ黙って聞くしかなかった。
とにかく砂丘を進む感じ。海沿いを諦めて田園地帯の道へ大変な思いで戻る。

午前中に走った草千里のアップダウンを何の感慨もなく走る。坂道を上っていると雨。雨具を着て走るが今日の反省ばかりが口に出る。「泣き面に蜂」は英語で何と言うのだろうか? 

ひどく疲れてオーフースへ到着。観光案内所はミッドサマーの為に16時で閉まっていた。オーフースYH・B&Bを偶然に見つけ行ったが17時から受付なので待つ。
YHの庭へ出ると絵を描いている2人の女性がいた。今晩の宿のカールシャムYHに着くのは無理なのでカールシャムYHにキャンセルの連絡をする。
YH「今どこにいるの?」
私「オーフース」
YH「??そこから150キロ以上ある」
私「??」
YH「近くの人に電話を代わって」。
絵を描いていた女性に急いで事情を伝えたら、絵の女性は「Take it easy!」(落ち着いて)と言いながら私の携帯を受け取りカールシャムYHの受付に説明していた。日本人にはこの町の名前を正しく発音は出来ない。デンマークにオーフスという町がありYHの女性にはオーフスと聞こえたのかも知れない。
このオーフースYH・B&Bで泊まることが出来た。夕食を取りにウォーターフロントを歩く。素敵なレストランが何軒もあり賑わっていた。アイスクリームを販売しているボートがありアイスクリームを船上で食べている人たちがいる。

オーフースYH

オーフース水辺界隈

アイスクリーム・ボート


8日目:6月21日(日) 晴 走行距離/累計132km/482km
オーフース ⇒ カールシャム ⇒ カールスクローナ(Karlskrona)
宿泊:カールスクローナYH
朝食のレストラン
朝食は近くのレストランなので行く。庭にミッドサマーのポールが残っていた。昨晩、携帯とデジカメを充電する時に使う変換プラグ(Cタイプ)が見つからなかったので前に泊まったシムリスハムヌYHへ連絡した。部屋に残っていたとのことなので今後泊まる宿が決まり次第にそこへ郵送してもらうことになった。
YHの受付でサイクリングの道を聞くと、「この道は軍の射撃演習場だが危険はない」 私「え〜本当ですか!?」。

大きなキャンプ場があり受付で聞いた道を走る。確かに演習場だけあって広い。森の中を出ると広場がありその真ん中の道を走る。放牧中の牛の群れが道を横断中。全部の牛が渡りきらずこちらをじっと見つめている。子牛のいる母牛たちは警戒心から動かずに私をずーっと見ている。
牛は赤色に興奮する。着ているベストは赤ではなく朱色だがベストを脱いで自転車を止めた。道路上の牛たちは全然動く気配がない。「早く渡って道を開けてくれ〜」。無理に走って行くと牛から攻撃されそうな気がしたので自転車を止めたまま待つ。後ろから車がゆっくりと来て傍を通り過ぎるので車の後について走る。牛たちは車が来るので道を開けた。射撃の危険はなかったが牛は想定外だった。

道標に「カールシャム(Karlshamn) 25」とある。ガデリウスに勤務していた時にサンロッド(SUNROD)の補助ボイラや熱交換器も営業した。確かこのメーカーはカールシャムにあったはずである。白いビニールで包んだ丸くまとめた牧草がいくつもある。北海道でもよく見た光景である。ロック・フェステバルの看板があり立ち寄るとレストランがありフェステバルの写真が飾ってありコーヒーを飲み休憩。

カールシャム道路標識

牧草

ロック・フェステバル看板

高速道路沿いにフェンスのある自転車専用道路がある。快適に専用道路を走り遠くにカールスクローナの街が見えた。
道標に従ってそのまま右折し中心街へ向けて走っていると隣にパトカーが止まった。警官が「ここは高速道路で自転車は禁止。下の道へ降りなさい!」と言う。右折してから車道との間にフェンスがなく変だと思っていたが何のサインも見つけなかった。パトカーの後ろに車が何台も続いて止まっているので土手から下へ降りた。

カールスクローナのYHへ到着。シングルベット2つの部屋に一人。
部屋に荷物を置いて歩いて散策すると広場へ出た。

広場

広場


9日目:6月22日(月) 快晴 走行距離/累計0km/482km
カールスクローナ市内観光
宿泊:前日と同じYH
ポーランド人サイクリスト
海軍基地内にある1600年代の旧造船所跡地(世界遺産)を見学するので観光案内所へ行き旧造船所跡地を含むガイド付きバスツアー150SEK(約1,950円)を申し込む。11時に集合なのでYHへ戻る。

案内所へ行く途中、親子連れのサイクリストに会った。ポーランド人の母子2組の4人だった。

参加者が集合しバスに乗り込む。スウェーデン人の参加者が多くガイドさんはスウェーデン語で説明。案内所の若い男女が通訳(英語)で私には男性がブラジル人の夫婦には女性が担当した。
旧造船所にはガイドが一緒でないと入れない、又、案内所でパスポートなど身分を証明する必要がある。海軍の検問所でガイドさんが参加者名簿を出してチェックを受けている。
海軍基地なので写真は原則禁止。掃海艇やコルベット艦などが接岸している。バスから降りて繊維ロープの工場へ入る。全長300mの建物はスウェーデンで一番長い木造建築である。
この工場では海軍の艦艇で使用されていた全てのタイプのロープが1960年代まで製造されていた。
旧造船所周辺を散策の後、バスに乗り市内観光。高台へ行きここから市街地を見学。12時半に案内所へ戻り解散。

ロープ工場

高台からの眺め

海洋博物館へ行く。ここも見学したい場所だった。
館内にあるレストランでランチ。海に面したテラスの席で食事をする。ヨットや近くの島々へのフェリーが見える。
館内には実に多くの展示物がある。 帆船の模型、帆船戦艦の船首飾像のガラス張りの大ホール、銃や大砲、帆船内の生活を再現したコーナー、さらに地下には海底に沈没した帆船をガラス越しに見るコーナーなどがある。博物館を取り巻く岸壁には実際使用していた魚雷艇や駆逐艦があり乗艦し見学した。広場にスウェーデン最初の潜水艦の「サメ号」と3本マストの大型戦艦「グスタフ3世号」の錨が展示されている。

海洋博物館

ランチ

船首飾像

各国海軍の帽子

小型潜水艦「サメ号」


ローゼンボム像
時計台

博物館を出てYHへ戻る途中に提督教会があり中を見学。教会の入り口に像があり「ローゼンボム」と言う名前の下士官の像だった。
説明文によれば病気のため海軍の仕事ができず貧乏な彼は大家族を養えず家々を回り物乞いをしていた。1717年の暮れ船首像の彫刻家のフリッツ・コールベの家へ寄った時にローゼンボムの振る舞いに怒ったコールベは彼を殴りつけた。ローゼンボムは外へ出て雪の吹き溜まりをかき分け教会の入り口に辿り着き疲れと酔いでそのまま固く凍え死んだ。次の復活祭にコールベは教会にローゼンボムを象った義捐金像を寄贈した。
広場に時計台があった。1699年に建てられたもので造船所に向かう労働者たちの時刻の基準ともなっていた。

スーパーでチルドピザ、ソーセージそれにビールを買いYHへ戻り夕食。ソーセージをボイルするのに鍋でお湯を沸かそうとしたが今までと違うIHヒーターなので使用方法を台所にいた中年の男に聞いた。この男は目つきが悪くニヒルな感じで「まったくこんなことも知らないのか」と言いたそうな人を小馬鹿にした態度で教えてくれた。


10日目:6月23日(火) 晴 走行距離/累計96km/578km
カールスクローナ ⇒ カルマル(Kalmar)
宿泊:カルマル・スヴァネンYH
カールスクローナYH
朝6時起床。食堂の手前の居間で昨晩のニヒルな男がTVを見ていた。居間を通る時に挨拶をするが返事がない。食堂のドアから駐輪場のある裏庭に出た。
自転車にバックを取り付けた後、食堂のドアを開けて中へ入ろうとしたがドアが開かない。
食堂側の取っ手のハンドルを下げるとロックされるので下げずに出たのに・・・。外から見ると食堂側のハンドルが下がっている!? なぜだ??。居間にいるあの男に開けてもらおうと窓から覗くと男がいない。さてはあの男が・・・・。人を疑うのはよくないのだが、どうもあの男は最初から不気味な感じのする男だった。アジア人への人種差別者?
早朝の裏庭なので寒い。隣のアパートから出勤する人がちらほら出て来る。間にある塀を乗り越えてアパートの庭へ出よう。しかし、アパートの住人から警察へ通報されても困る。アパートから出てきた人に事情を話し塀を乗り越えYHへ行く。
玄関にある数字盤に暗証番号を押して玄関のドアを開けて中へ入る。食堂にいた女性に訳を話しドアから裏庭へ出てまた中へ入る。間違いなく内側のハンドルを下へ押してのみロックされる。キツネにつままれたような気分。

YHを出て今日の予定地のカルマルへ向かう。途中、3人に道を聞いた。スウェーデン人は一般的に英語を話せる人が多いのだが3人とも英語がダメだった。
3人に聞いた後に小さな交差点で地図を見ながら方向を判断し走る。後ろから車が追いついてきて呼び止められた。運転席に老人(男性)がいて「どこへ行くのですか?先ほどの交差点で道を調べていたようなのでわかれば教えますよ」。この人としばらく立ち話。近くに農場があり馬35頭とトラクター6台があるとのこと。今朝、YHで嫌な思いをしたのでこの人の親切に心が和んだ。

小さな湖
サイクリング道路標識
小さな湖で小休止。スウェーデンを自転車で走っていることを実感する。
小さな町のはずれの教会で掃除している老婦人がいた。念のために彼女に道を確認する。彼女「どこから来たのですか?」 私「日本人でコペンハーゲンから出発しストックホルムへも行きます」。彼女は驚いていたが多分彼女の人生で日本人に初めて会ったのではなかろうか。

こちらの人が言う「Old E22」を走る。旧国道なので広いし車も少なく快適に進む。
カルマルの郊外から中心街まで長い自転車専用道路を走る。カルマル駅の前を通り観光案内所で地図をもらいYHへの道順を聞く。YHへ行く途中、エーランド島への長い橋が遠くに見えた。

エーランド島への橋

スワンYH/カルマル


11日目:6月24日(水) 快晴 走行距離/累計0km/578km
カルマル市内観光
宿泊:前日と同じYH
フロントで20SEK(約260円)払い専用のコインを使い全自動洗濯機にて洗濯。スウェーデンへ来て2回目の洗濯。

観光案内所で明日行くエーランド島へ自転車で橋を渡れるか聞くと自転車は禁止とのこと。この長い橋を自転車で走りたかったのに残念。

入り江の傍に建つカルマル城へ向かう。手前の公園の芝生で水着の若いき女性たちが日光浴やボール遊びをしている。
カルマル城は1274年から1290年にかけて建設された。1397年にハンザ同盟に対抗する為にスウェーデン、デンマークとノルウェーの3カ国間で結ばれたカルマル同盟の舞台となった城でもある。
入館料80SEK(約1,040円)を払い中へ入る。館内は飲食・写真禁止。日本の城と違い天井がはるかに高い。
日本の団体客(中高年の10人)が日本語で説明を受けていたので説明文を読むふりをしながら聞いた。初老の日本人ガイドさんでカルマルに住んでいる女性のようだ。日本からの男性添乗員さんと立ち話する。彼は団体の日本人に「この人はスウェーデンを一人で自転車旅行している」と伝えた。団体さんの一人が「こちらで日本人を見ることはなかったが自転車で旅行しているとは驚いた」と言う。北欧三カ国ツアーの団体さんだった。
説明していた女性とも話したかったが邪魔してはいけないので外へ出た。海に向けて大砲が配置されている。

カルマル城

カルマル城

海に向いた大砲

案内所へ戻りレストランでスイーツとコーヒーを楽しみながら絵葉書を書く。
カルマル郡博物館へ入る。1676年にエーランド島沖の海戦で沈没した戦艦クロナン号から引き揚げられた大砲や金貨銀貨などの財宝も展示されている。その他、クロナン号の船首飾像と船尾飾像もあり見ごたえのある展示品が多かった。

カルマル郡博物館

クロナン号断面模型

クロナン号の大砲

YHへ戻り同室のアメリカの青年と話す。名前はトレバー・ドラエスケでアメリカの大学で海洋考古学を勉強している学生。
ストックホルムにあるバーサ号博物館で3週間調査を終え高速バスで6時間かけカルマルへ来たばかり。小さい頃に両親と日本へ観光に来たことがあるとのこと。


12日目:6月25日(木) 快晴 走行距離/累計68km/646km
カルマル ⇒ バス(エーランド大橋) ⇒ オッテンビィ/エーランド島 (Ottenby/Oland)
宿泊:オッテンビイYH

エーランド島への全長6,070mの長いエーランド大橋は自転車は禁止なので連絡バスを利用する。橋の近くの広場に島から来た連絡バスが着いた。
バスの後ろに自転車を運ぶ台車が繋がれていた。島からの乗客はバスを降りそれぞれ自分の自転車を運転手さんと助手の人から受け取り乗って去って行く。
このバスは夏休み期間中のみの運行で無料。島へ行くために自転車に乗って来た人たちは後ろの台車にいる運転手さんと助手の人に自転車を預けてバスに乗り込んでいる。私の自転車は前後に荷物を付けているので運転手さんに聞き荷物室にそのまま押し込んだ。
座席の隣のおじさんと話す。昔、貨物船の船員で40年前位に日本の港へも入港したとのこと。横浜や神戸を懐かしがっていた。

連絡バスと自転車用台車

バスの荷物室

オッテンビィへの道路標識
ヤーン灯台
対岸のバス停で下車し観光案内所で詳細な地図をもらい出発。マルメからひたすら北東を走ってきたが今晩泊まるYHが島の南端にあるので南を目指す。ひたすら南へ走るので今までと少々感覚が違う。

エーランド島の南部は世界遺産に登録されている。オッテンビィの最南端に到着。この一帯は自然保護区に指定されておりバードウオッチャーにとって野鳥の宝庫である。
高さ42mのヨーロッパで一番高いヤーン灯台がある。灯台の一番上へ行きたいので何人かに聞くがわからないと言う。
諦めかけていたら青年が2人を連れて灯台の入口の扉の鍵を開けて2人を中に入れていた。青年がドアを閉めてこちらへ来るので聞いてみたところ、近くの自然博物館で灯台へ入る見学料を30SEK(390円)で売っていて、この青年は博物館のスタッフだった。
入場券を買う前に青年に頼み灯台をバックに写真を撮ってもらった。見学料を払うため博物館へ歩きかけたところ青年が「せっかく遠い日本からわざわざここまで自転車で来てくれたので見学料はいらないから中へ入れ」と言う。青年は扉の鍵を開けてくれ扉から外へ出るときの方法を教えてくれた。
入口の上に古びたプレートがはめ込まれている。
中の石段を上り灯台の一番上へ出た。360度のパノラマで絶景なり!!! 干潟が遠くまで広がり、野草が生い茂り波が静かに打ち寄せる。
この灯台の別名は「のっぽのヤーン」だそうだ。
灯台から出て野鳥観察小屋へ行く。中に入ると望遠レンズ付きのカメラを持った人たちや双眼鏡で野鳥を見ている人たちがいた。
帰りに親切な青年のいる自然博物館へ行きお礼を言って中の展示を見学。プレートのことを聞いたら、1771年に即位したグスタブ3世の時代の1785年に灯台が完成した意味だそうだ。

灯台トップからの眺め

灯台トップからの眺め

野鳥観察小屋

自然博物館からYHへは強い向かい風。しかし、青年の温かい気持ちで心が元気になり苦にならずに走れた。


6月26日〜7月1日


スウェーデン南部の旅(2009年6-7月) 


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