6月14日〜6月19日


1日目:6月14日(日)
成田空港 ⇒ カストロップ空港(コペンハーゲン/デンマーク)
宿泊:アマーYH(コペンハーゲン)
自転車とバックはすでに成田空港へ輪行袋に入れて2日前に送っておいた。
成田空港で輪行袋を受け取りスカンジナビア航空のカウンターで搭乗手続きをすると自転車は特別荷物となり80ユーロ(約10,400円)必要とのことで支払う。
出発が定刻(11:40)より1時間半遅れるとのことで待つしか仕方がない。

飛行機では隣の座席に日本人の女性がいたので色々話をする。彼女はドイツへ一人旅をするそうで空港に友人が迎えに来てくれるとのこと。
ドイツへ行く前にマルメ(スウェーデン)へも行くそうだ。

カストロップ空港で輪行袋に入れた自転車を受け取り、彼女と一緒に通関を出たら彼女の迎えの友人が待っていた。
二人に別れの挨拶をしてタクシーに乗りYHへ行く。
タクシードライバーはパキスタン人で、「中国人ですか?」と聞いてくる。さらに「日本は中国の一部だったことがあるのか?」と質問してくる。

広くて大きいYHである。同室はイギリスの青年とインドのお医者さん。
青年はロンドンに住んでいてTV関係のフリーランスの脚本家で2カ月の休暇を取りロンドンからBMWのバイクでドーバー海峡のトンネルを通りヨーロッパを旅行中。
お医者さんは近くの国際会議場での大会に出席し明日帰国とのこと。
本場英語とインド英語(わかりづらい)それに日本英語での会話。
お医者さんは「川崎病」(乳幼児に多い難病で日本の川崎先生が名前をつけた)にも詳しい。
川崎先生がこの病気を見つけ学会で発表した時に東大の偉い教授達は笑うだけで信用しなかったが、何年か後に川崎先生の診断を認めたとのこと。
インドの乳幼児にもこの病気はあり特効薬はないそうだ。デンマークでインド人から川崎病の話を聞くとは思わなかった。
アマーYH/コペンハーゲン 談話室


2日目:6月15日(月) 曇のち晴 走行距離/累計60km/60km
コペンハーゲン ⇒ ヘルシンオア Helsingor(デンマーク)- フェリー ⇒ ヘルシンボリ Helsingborg(スウェーデン)
宿泊:トステ・ヨンサター宅(ヘルシンボリ)
YHの北欧調のレストランで朝食。外を見るとヘルメットをかぶりバッグを背負って出勤や通学する自転車の人々がいる。昼食用のサンドイッチ(Lunch Packet)を注文すると、大きなアルミフォイルを渡された。これで自分の好きなサンドイッチを作れとのこと。部屋から自転車と荷物を持って玄関脇の芝生の上へ出た。自転車を組み立てる。

YHは中心街から離れていて迷いながらもSASラディソンホテルの前を通り過ぎた。チボリ遊園地の前を通り港の方向へ進む。この街は会社員時代に何回か来ているが自転車で走るのは初めてなので新鮮だ。
マースクライン(世界一の船会社)の本社前のショーケースにコンテナー船の模型がある。
海峡を挟み向こう側にあるスウェーデンを見ながらデンマークの港町ヘルシンオアへの海岸線を北上する。大きなヨットハーバーがありここで昼食。
アマーYH/コペンハーゲン マースクライン ヨットハーバー

ヘルシンオアに到着。フェリー会社は2社あるが HH Ferry を選ぶ。スウェーデンへ最初に来た1986年9月に乗船したフェリーがHH Ferryで、その後も何回かこの会社のフェリーに乗っているので愛着がある。
フェリーは30分毎に出ていて待ち時間もあまりなく乗船した。ヘルシンオアとヘルシンボリは直線距離で5kmしかない。この狭い海峡をロシアのバルチック艦隊は、はるか極東の対馬海峡を目指して通過して行ったのだ。15分でヘルシンボリに到着。市庁舎の高い建物が見える。
知人のトステが埠頭へ自転車でやって来た。彼の後をついて彼の家まで走る。思わず彼に大声で叫んだ「Dream comes true!!」。何回かこの街へ来たが自分の自転車で走るなんて、まさしく「夢は実現する!!」を実感した。
ヘルシンボリ港 市庁舎

彼の家で奥さんのカミラさんと2人の男の子に挨拶をする。
兄のハーネスは恥ずかしがりやで2階へ上がってしまったが、弟のティオは社交的で一緒に庭で遊ぶ。
トステの家族と夕食。あれこれ話が尽きない。
夜の10時を過ぎても外はまだ明るい!!
トステがグラッパ(イタリアの強い蒸留酒)を持ってきてさらに盛り上がり飲む。結構、酔っぱらった。キャロリン(親会社の女性)から電話があり、「来月中旬は夏休みでヘガネスにいない。明日、家へ来れないか?」と言う。彼女に会いたいが明日はマルメのYHに予約済みだし今後の予定もあり残念だが彼女の申し出に応ずることが出来なかった。
トステの家 トステと家族 ハーネスとティオ


3日目:6月16日(火) 曇のち晴 走行距離/累計88km/148km
ヘルシンボリ ⇒ ランドスクローナ(Landskrona)⇒ マルメ(Malm)
宿泊:マルメ・エリクスファルトYH
小学1年生のハーネスの終業式を見に行く。
大きな公園の舞台で各学年が歌い踊っている。各学年とも女の子は元気で男の子は今ひとつ盛り上がっていなし。世界共通の現象かな?
先生たちの歌と踊りもあり日本の終業式の風景と全く違う。その後、公園の広場へ各クラスが移動し、担任の先生がクラス全員に金メダルをかけていた。メダルはチョコレートを金色の紙で包んだものとのこと。
終業式 金メダルの授与
トステの家へ戻りバッグを自転車に取り付けて今晩と泊まるマルメへ向けて出発する。

線路沿いに走ると「RAMLOSA」駅があった。駅前におじさんがいたので「この駅前からマルメへはどう進めばいいのですか」と聞くと、「跨線橋を渡れ」との返事。しかし、橋までは急な石段。
おじさん「自転車の後ろを持つから石段を上がれ」。自分ひとりでは石段を上るのは無理なので手伝ってもらった。
おじさんとの会話
「どこから来たの?」「日本からです」「日本のどこ?」「東京です」「東京はこの町より小さいと聞いている」
おじさんが冗談を言いお互いに笑う

ランドスクローナ
道路標識
ヘルシンボリから25km走ってランドスクローナへ到着。大きな尖塔が見えて向かう。他のヨーロッパと同じくスウェーデンも村や町の中心部の広場に面して大きな尖塔の教会がある。石畳の広場があり周りにレストランが何軒かある。駐輪場のパイプにワイヤー型の鍵で自転車をロックしレストランへ入った。コーヒーと食材をはさんだパンで昼食。ボイルしたエビ、ゆで卵、トマト、キュウリ、パンとコーヒーで57SEK(約860円)。

ランドスクローナからマルメへ向けて走っていると「E6 E20 MALMO 40」の道路標識がある大きな道路があったので走る。側道も広くて走りやすい。乗用車やトラックがクラクションを鳴らしながら猛スピードで追い越して行く。サイクリング中の小生への応援かなと思って走り続けていると、反対車線の車もクラクションを鳴らしている。そうか、この大きな道路は高速道路で自転車は禁止なのだと気がついた。しかし、降り口が見つからずひたすら降り口を探しながら必死に走った。

やっと高速道路を降りて一般道を走る。「BARSEBCK」の看板があり、この町へ進む。小さな港町で海峡の向こうにデンマークが見える。ゆっくりとコーヒーお飲み休憩。
バースバック
マルメ

海岸沿いの脇道を進み遠くにマルメが見える場所まで来たが、午後7までにYHに着きそうにない。7時以降に到着の場合は事前に連絡する決まりなので電話する。「混んでいるので後から電話願います」との自動応答。2〜3電話するが同じ回答のみ。仕方なくメールで連絡を入れておいた。この場所は、クレー射撃場でパンパンと音がうるさかった。もし、電話が通じたら音がうるさくて会話が大変だったのでメールで正解。

マルメ郊外の跨線橋を渡る時に遠くに尖塔が見えた。YH場所がわからず何人もの人に聞いてなんとかYHに到着。今日はトステの家を出てからマルメのYHへ着くまで10人以上の人に道を聞いた。


4日目:6月17日(水) 快晴 走行距離/累計0km/148km
ルンド市内見学
宿泊:前日と同じYH
自転車をYHに置いてマルメ中央駅まで歩く。駅へ向かう途中に聖ペトロ教会(S Petri Kyrka)があった。駅に自動券売機があるが買い方がわからないので窓口でルンド行きの乗車券を59SEK(約770円)で買う。駅には改札もなくそのままホームへ出て電車に乗り込む。
聖ペトロ教会 マルメ中央駅 電車

ルンド大聖堂
天文時計/大聖堂
ルンド(LUND)は、12世紀から13世紀に最盛期を迎え、北欧にける文化、経済の中心として名前を輝かせた。
今は北欧最大のルンド大学のある学園都市で落ち着いた雰囲気の町である。観光案内所でパンフをもらい大聖堂(1145年建造)を見学する。全体が黒ずんでいて長い歴史を感じる。
ホールに天文時計があった。時間がくるとキリスト、聖母マリアと3人の聖者の人形が時を告げに出てくるそうだが残念ながら時間の関係で仕掛けを見ずに大聖堂を出た。

ルンド大学の本部
歴史博物館
デンマーク領だった時代も含めるとスウェーデンで最も古い大学であるルンド大学(1438年設立)の本部を見学する。白い石造りの建物が北欧の澄んだ青空に映えて最高!!本部の前に庭園があり人々が散策している。

歴史博物館へ行く。ガラスケースに入った女性の骸骨がある。説明文(スウェーデン語と英語)を読んだ。 英語の説明文の要約「スコーネ地方(スウェーデン南部)の墓場で保存状態が良く発見された60代の女性。時代は10世紀初めで木製のお棺に埋葬されていて・・・・・・・・。彼女の名前は永遠にわからない。孫はいたのだろうか? その孫たちに孫はいたのだろうか? 彼女は貴方の先祖かも知れない。貴方と彼女はたった25世代しか違わない」。
この最後の簡単な文「It is mere 25 generations between you and her」に感銘を受けた。

クルトゥーレン(民俗野外博物館)を見学。館内には発掘された土器や民族衣装などルンドに関する展示がある。
野外には17世紀から19世紀の民家や教会が30軒ほどあり素朴な農家や工房など見応えがある。
民俗野外博物館 民俗野外博物館

野外博物館を出てボタニカル庭園を散策してからルンド駅へ戻った。
駅でマルメまでの切符を自動販売機で買ってみた。42SEK(約550円)。来る時はマルメ駅の窓口で59SEKだった。この金額の差は人間と機械の違い? それとも操作の間違い?
ボタニカル庭園 ルンド駅


5日目:6月18日(木) 晴 走行距離/累計0km/148km
マルメ市内観光
宿泊:前日と同じYH
噴水のある公園/マルメ
自転車をYHに置いて市内観光をする。YHから歩いて海洋・技術博物館へ行く途中、大きな池のある広い公園がありベンチで休憩する。教会の塔、池、噴水、木々と青空それに白い雲の調和が何とも言えずにいい。
絵心があればゆっくりと描いてみたい風景である。池には白鳥と鴨がいて時間を忘れて眺めていた。

街の中を歩いて行くと海洋・技術博物館の建物が見えてきた。
博物館の向こうに世界海事大学(WORLD MARITIME UNIVERSITY)がある。博物館の入館料、40SEK(約520円)。この入場券でマルメ城も入れるとのこと。
この博物館は、海洋と工業技術に関する展示が豊富にある。海洋関係では客船内の客室を再現した部屋や色々な船舶の模型がある。中庭にスウェーデン海軍で実際に使われていた全長49.5mの潜水艦U3号があり潜水艦の内部へ入り見学した。
工業技術では飛行機、ジェット戦闘機(サーブ製)、車やバイクが展示されていてゆっくりと見学。
博物館を出る前にもう1度潜水艦を見学。結局、なんと3時間も博物館にいた!!
潜水艦U3号 潜水艦の内部 ジェット戦闘機

博物館を出る前に潜水艦の方を見たら日本の女性らしき人が潜水艦の写真を撮ろうと歩いている。ひょっとして成田からの飛行機で隣りだった女性かと思い近くへ行ったらなんとその彼女だった。偶然にここで会うとは驚きである。彼女も驚いていたが、マルメ城はこれから見学とのことで一緒に城へ向かう。
城を見学の後、良い機会なので街の広場のレストランで一緒に食事をした。彼女は明日ドイツへ移動するとのこと。
マルメ城 マルメ城

YHへ戻ると部屋にブルガリアの青年(25才)がいて話す。
その1)彼は旅行ではなく仕事を探しに来ているとのこと。ロンドンの建築現場で7カ月働いて2カ月前に本国へ戻ったが不況で職が無くスウェーデンで職探し中。ブルガリアはEUへ加盟しているが先進国と経済格差があり厳しい現実の一面を見た。
その2)彼「日本人ならブルガリア人のゴトーショーを知っているだろう」 私「???」 彼のブルガリア語(私は知らないが)訛りの英語はわかりずらく会話に苦労した。彼も私の日本語英語に苦労したかな。あれこれ話してやっと理解した。大相撲の大関「琴欧州」のことだった。しかし、「ゴトーショー」と言われても「琴欧州」とはなかなか思いつかない。

同室のスウェーデン人の青年は上半身裸で寝ている。夜はそれなりに冷えるので私は長袖のシャツを着て寝ているのに・・・・。スウェーデン人は寒さに強いのだろう。


6日目:6月19日(金) 晴時々曇 走行距離/累計120km/268km
マルメ ⇒ イースタド(Ystad)⇒ シムリスハムヌ(Simrishamn)
宿泊:シムリスハムヌYH
YHで朝食後に今日の昼食用のサンドイッチを作った。
ドイツから来ている中高年のサイクリストグループの1人と話す。気さくな人で堅苦しいドイツ人のイメージを払拭する人だ。
U21のサッカー・ヨーロッパ選手権をマルメでやっていて宿泊中のポーランド人のサポーターたちが車に応援旗などを積み込んでいた。
出発前のドタバタで手袋をどこかに落としたらしく探しても見つからないので諦めた。
マルメ・エリクスファルトYH ドイツ人サイクリスト U21ヨーロッパ・サッカー選手権

マルメのような大きな街から郊外へ出るのには苦労する。途中、郊外で駅を見つけ散歩中の女性にイースタドまでの道を聞くと、「電車に自転車を乗せられるので電車で行けば簡単よ」と言う。私は自転車で行きたいのだ!!

スクルプス郡の看板
イースタド港
スウェーデンの穀倉地帯と言われるスコーネの平原を走る。
女性作家のセルマ・ラーゲリョフが書いた「ニルスの不思議な旅」の舞台となった地域でもあり、いたずらっ子のニルスが大きなガチョウの背に乗って最初に旅をして回ったのがこの地域である。町の看板にもニルスのデザインがされている。

海辺の町のイースタドに到着。国鉄の駅の近くに港とフェリーターミナルがありフェリーが接岸している。

トステからシムリスハムンヌは海岸沿いの道が素晴らしいと聞いていた。
確かに海岸沿いはきれいで納得したが時間の関係で国道へ戻りYHへ到着。
夕食の食材とビールを買いにスーパーの「CopCop」へ歩いて行くと店が閉まっていた。YHへ戻り宿泊しているドイツ人の女性2人にスーパーの件を聞くと、今日はミッドサマーなので全ての店は午後4時で終了したとのこと。ミッドサマーは知っているが今日とは気がつかなかった。仕方がないので台所で日本から持ってきたレトルトのご飯とカレー、粉末の味噌汁で夕食とする。




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