第2回ボランティア

石巻市雄勝町(おがつちょう)(宮城県)

2011年6月4日〜5日


1日目:6月4日(土) 晴  
池袋駅東口側 三菱東京UFJ銀行東池袋支店前 23時30分集合 0時5分発
車中泊
池袋駅に早めに行く。現役で働いていた時代にお客さんの事務所がここにあり、夜はよくここで飲んだものだった。地図に書いてあった場所に銀行はなく駅前の交番で聞いて行ったら「池袋支店」だった。再度、交番で聞いて「東池袋支店」前に駐車中のバスに乗り込む。23時50分出発だったが1人がまだ来ていないので0時5分に出発とのこと。結局、その人は来なかった。参加者は46人。隣の席の人は若い世代。前回のバスと違いリクライニングが十分に出来て足が伸ばせて快適だった。


2日目:6月5日(日) 曇のち晴 / 夜 雨   
石巻市災害VC 7時30分着 
池袋着 23時 
東北自動車道へ入ってから消灯。2時間位走りSAで30分休憩し、SAを出てから次のSAまで走り休憩となる。どうしても細切れの眠りとなるしガタンと大きな振動もあり目が覚めてしまう。

国見SAで朝食兼昼食用のオニギリを買う。隣りは池袋に住んでいる人でボランティアは2回目とのこと。1回目は気仙沼市の民家でガレキ撤去と泥出しをしたそうだ。趣味は「山ランニング」。

ワッペン

石巻市災害VC(ボランティアセンター)のある石巻専修大学に到着。係の人から作業時のグループ分けと各グループの班長の発表があり、Eグループとなり班長を指名された。岩手県の時と同じようにワッペンが配られる。石巻市災害VC独自のワッペンである。
バスから降りて芝生の上で朝食。鶴見に住んでいる若者と話す。彼の長靴が汚れているので何回かボランティアに行っているのかと思い聞くと、「里山の整備のボランティア」をしているとのこと。やはり女性の参加者も多い。

大学はキャンパスが広くテント泊りのボランティアの人たちがいる。
別の広場でピースボートの人たちがラジオ体操をしている。ピースボートのバスに「高速道路不走行車」と手書きの表示がある。

石巻専修大学 テント村

ここから約1時間バスに乗り、雄勝町(おがつちょう)の波板(なみいた)地区で作業することになった。
北上川沿いの道を進む。途中から堤防を補修工事中なので河川敷に鉄板を敷いた臨時の道を進む。片側交互通行となり凸凹の道をゆっくりと進む。大きな橋が残っているが橋から向こう側への道は破壊され残っていない。
(帰宅後に調べたらこの橋は新北上大橋で近くに大川小学校があった。大川小学校の全児童108人のうち堤防へ避難中に津波で68人が亡くなり、6人が行方不明、教職員は11人のうち9人が亡くなり1人行方不明)

山の中の道を進み湾の奥にある雄勝町の市街地へ出た。鉄筋の建物をかろうじて残し家々は跡形も無い。
石巻市雄勝町・波板地区
「波板老人憩の家」の看板
波板地区があり下車しグループ毎に浜辺の集落へ行く。
地区の会長さんから挨拶の後に現地に先にいるボランティアの人から作業指示を受ける。
2つの班は民家のガレキ撤去で残りの3つの班(Eグループを含む)は浜辺のごみ拾いと浜辺に打ち上げられ壊れた家のガレキ撤去となった。 浜辺の海草は腐食が始まっていて蝿がものすごく多い。プラスティックの長方形のゴミ箱にゴミを入れて浜辺の上にいる人に渡すとその人がトラックに捨てる。この作業を何回か繰り返す。三陸名物の「ホヤ」も何個かある。
1時間に10分程度の休憩が必要なので他の班長さんと時間を決め作業中の人たちに休憩を知らせる。休憩後、浜辺にある何本かの大きな木をチェーンソーで適当な長さに切ってもらい、それをバケツリレーの方式で浜辺の上のトラックまで手渡しをする。

昼食。家の中は何も無いが倒れずに残っている家へ上がり食事を取る。2階も何も残ってないので全部流されたのだろう。
午後からは防波堤の傍にある壊れた家のガレキの撤去作業。アンパンマンの人形やレゴ、子供用のグローブなどがある。大きな舟虫がガレキの下から逃げ出す。蝿も驚くほど多く作業服にたくさんとまる。一輪車にガレキを乗せて大きな1トンフレコン袋に入れていく。勤務していた会社の埼玉工場が鉄粉を扱っていて1トン袋はお馴染みだが、まさかボランティアで来て1トン袋を使う自分は想像していなかった。
自衛隊のヘリコプターが海岸沿いを低空で飛んでいく。
海岸の清掃 ガレキ 1t袋

作業終了し消毒液でよく手を洗う。地区の会長さんからお礼の言葉があった後にバスに乗り込む。
作業現場から石巻専修大学へは寄らずに東京へ向かう予定であった。我々のボランティアの仲間で民家のガレキ撤去中に切り傷を負った人がいて、石巻専修大学に常駐しているお医者さんへ先に連れて行っているとのこと。従って、予定を変更し大学へ戻ることになった。

再び雄勝町の市街地を通るが、つぶれた公民館の屋上に大型観光バスが残っている。この光景は何回となくテレビや新聞が報道していたので覚えている。雄勝小学校と雄勝中学校があるが3階建ての中学校の3階部分も壊れている。
雄勝小学校 雄勝中学校

大学へ戻り着替えなどした後に小休止。石巻市は大学の同級生のYがここの高校の出身だった。彼の出身地へボランティアで来るとは思わなかった。

途中のSAのレストランで夕食の予定だったが時間が遅れているとのこと。その為にレストランで食事は出来なかった。パンとバナナを買いバスの中で夕食を取った。事故渋滞で遅れると言われたが大きな遅れもなく蓮田SAへ到着。大雨が降っている。
池袋へ着いても大雨なので首都高速道の下にバスを止めて荷物が濡れないようにしてもらった。前のビルの駐車場入り口で雨具を着て雨の中を池袋駅へ歩く。零時を過ぎた頃に帰宅。



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